ワールドカップ決勝戦で1敗した後も2年間で21勝5分2敗という驚異的な勝率を挙げていたハンガリー代表チームだったが、1956年10月23日にハンガリー動乱が発生し、たまたま遠征中だったプスカシュやコチシュなどの中心選手が次々と外国に亡命して、事実上解体された。政治や国家によって「ヨーロッパ最強」を謳われた代表チームが解体されたのは、1930年代前半にヴンダーチームと呼ばれたオーストリア代表(1938年にナチス・ドイツにオーストリアが併合されて消滅)と共通している。
その後、フロリアン・アルベルトなどの有力選手も現れ、1960年代にはオリンピックで2回金メダルを獲得するなど、ハンガリー代表チームは古豪としての地位を一時回復したが、ワールドカップでは準々決勝止まりで、1950年代前半のような圧倒的な輝きを取り戻すことはなかった。
[編集] 選手・監督
試合数・得点数はすべて代表でのもの
* フェレンツ・プスカシュ(FW:左インナー)85試合84得点
* シャーンドル・コチシュ(FW:右インナー)68試合75得点
* ゾルターン・チボール(FW:左ウイング)43試合17得点
* ピーター・パロタシュ(FW:右ウイング)24試合18得点
1953年のイングランド戦ではラースロ・ブダイが右ウイングに入っていた。
* ナンドール・ヒデクチ(FW:センターフォワード/実際には下がり目でトップ下の位置を取った)68試合39得点
* ヨーゼフ・ボジク(MF:右ハーフ)100試合11得点
* ミハリ・ラントシュ(DF:左バック)52試合5得点
* ヨーゼフ・ザカリアス(MF:左ハーフ/実際には左センターバックの位置を取った)35試合
* ジュラ・ローラント(MF:センターハーフ/実際には右センターバックの位置を取った)37試合
* イェノー・ブザンスキー(DF:右バック)48試合
* ジュラ・グロシッチ(GK)86試合
* グスタフ・セベシュ(監督)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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